教育2.0
全ての子供達が夢を語り、
10年後もそれを追える世界へ。

教育ってなんだっけ?

教育とは、人間に内在する素質、能力を発展させ、これを助長する作用。人間を望ましい姿に変化させ,価値を実現させる活動。とされています。もちろん様々な文脈で使用され、その意味は多岐に渡りますが、本来は孟子が「得天下英才,而教育之」と説いたところが教育の始まりであるとされています。平たく日本語訳すると「社会で活躍できる才能を絶やすことのないようにしようよ」みたいな感じです。他にも英語、ドイツ語、フランス語などの語源では「引き出す、引きあげる」などの意味があるとされています。ざっくり総合すると「将来の社会を支えるための才能を伸ばそう」みたいな感じですね。

今の日本の教育はどうだろう。

現在日本では広義では幼稚園や保育園から始まり、小学校、中学校、高校、そして60%近くの人が大学へと進学します。約20年間も教育に貴重な時間を費やしていることになります。しかしどうでしょうか。大学を卒業し、1年目から社会で活躍できる、しっかり適応できる人材はいるでしょうか。「そんなの無理でしょ、社会人と学生は違うんだから。」そう言う人もいるでしょう。でも待ってください。「教育」とはなんでしたか?「教育」とは「将来の社会を支えるための才能を伸ばそう」でしたよね。教育が終わったんだから、もう社会を支えていく番なのです。社会人1年目だろうが30年目であろうが変わりません。…わかります。そんなこと言ったって学校では仕事のこと、ビジネス、お金のことなんて教わらないよって言いたくなりますよね。でもよくよく考えるとこれっておかしくないですか?

なんでビジネスについての授業がないの?

今の日本は資本主義社会です。自由な市場で自らがお金を稼ぎ出す必要があります。そして特別な事情がない限り全ての人が何かしらのビジネス(資本主義)に関わります。それは株式会社だろうと、合同会社だろうと、NPO法人だろうと、個人事業主だろうと変わりません。俺だけ社会主義~~!!はできません。なのになぜ生きていくために必要な、社会を支えるために必要なビジネスについて何も習わないまま、僕たちは社会に放り出されるのでしょうか。なぜビジネスに必要な考え方や能力を習得しないままビジネスの現場に進むのでしょうか。なんで「ビジネス」は経産省ベースの価値観なのに「教育」は文科省が考えたカリキュラムなのでしょうか。

確かに現在の公教育も不必要ではないでしょう。偏差値教育が全て悪いとは思いません。

でもビジネス領域のように、公教育でカバーできていない部分が確かに存在し、それが生きていく上でとても重要なことは明らかです。(全世界の内、資本主義でない国は北朝鮮、ラオス、ベトナム、キューバ、中国のわずか5ヶ国です。)僕ら公教育では教わらない、でも確かに重要な部分をカバーする教育機関でありたいと思っています。

不変の教育、変わりゆく社会

「今、国語でごんぎつねやってんねん~」「へえ、お母さんも小学校の時やってたわ~」なんか何気ない会話でいいなあと感じる人もいるでしょうが、これは教育の異常さを物語っていると僕は感じます。この10年、20年で3D技術、インターネット、SNS、ブロックチェーン、暗号通貨Youtuberに4K・8Kテレビと様々な変化が各業界で起きました。これらの話題の中で親子が同じレベルで会話できることってあるでしょうか。(子供)「今日、リップルっていう暗号通貨の一種がドル建てで一気に14%も値上がりしてTwitter大荒れやったわ。まあBTC建やったらそれほどでもなかってんけどな。」(保護者)「……???」ってなりますよね。これぐらいの認識の乖離が教育でも起きないとおかしいのです。10年も20年も同じことをやっている業界は他にはありません。(ちなみに”ごんぎつね”が最初に教科書に採用されたのは1956年、全ての教科書に採用されたのは1980年のことです。)確かに2020年にはプログラミング教育が必修化されるなど一定の変化はあります。でも僕は健全な変化だとは思っていません。

受動的な教育はどのような効果を与えているのか

公教育は教師の数や質の問題もあり、一律生徒に同じことをやらせないといけないという課題があります。いわば外から無理やり経験させることで(それでも狭い範囲だと思いますが)内にある感情を動かそうというやり方です。しかし、やらされる教育は一定の効果はあってもどうしても短期的な効果にとどまり、「社会を支える能力」にはなり得ないと考えています。もう二次関数の解き方なんて覚えていない人が大半でしょう。

本来は「○○がやりたい」→「そのためには△△が必要だ」の順番が正しいんです。公教育ではやりたいという感情を無視し外圧的な教育をせざるを得ません。しかしそれは不自然な形であり、才能は伸びません。受動的な態度でやってきたことで身になることはほとんどありません。やはり内在する美意識みたいなもの(やりたいから始まる美しい感情)から始まる外向きの学びこそ、今この時代に必要な学びのカタチだと考えています。

今の日本の教育と社会の違いって?どうして辞める人が多いんだろう。

今の教育では、受動的に正解を学び一定期間経てば、テストと称し回答用紙が配られ、正解のある問いが与えられます。しかしビジネスの現場はどうでしょうか。そもそも能動的に動かなければ「使えない」「役立たず」と言われ、正解なんて誰も教えてくれません。もちろんテストなんて配られませんし、問いは自分で立てる必要があります。このように何もかもビジネスの現場の価値観と今の教育の価値観は違います。「学校」では真面目に先生や大人の言うことを聞き、真面目に勉強し、テストの点もよく、いわゆる”いい大学”に行ったのに就職活動でうまく行かない人、就職後に病んでしまう人、やめてしまう人が大勢います。この価値観のギャップは早く埋める必要があると考えています。

Kids Lab.で成し得たいこと

以上のように、現在の教育環境には大きな問題がたくさん存在する状況です。やりたいが認められない、やりたくても学ぶ環境やバックアップしてくれる環境がない。Kids Lab.は教育のベクトルを内から外へという方向に変え、社会で必要な課題発見能力・課題解決能力、問題はどこにあるのか、何を問題と定義するのか、その問題をどのように、誰と協力して解決するのか、そもそも○○ってどうして△△なんだっけという視点を育みます。その先に社会で活躍する人材が出てきてくれると信じています。